大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)4673号 判決 1981年1月26日
原告
桑増秀
外三二名
右原告ら訴訟代理人
中坊公平
外一〇名
被告
日本ドリーム観光株式会社
右代表者
松尾国三
右訴訟代理人
原井龍一郎
外三名
主文
一 被告は、別紙認容額目録「原告」欄記載の各原告に対し、同目録「損害金合計」欄記載の各金員、及びそのうち、同目録「内金(一)」欄記載の各金員に対する昭和四八年一一月六日以降、同目録「内金(二)」欄記載の各金員に対する昭和五〇年五月一一日以降各支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告らの勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一(争いのない事実)
被告が不動産の賃貸、娯楽場の経営などを目的とする商事会社であり、その所有にかかる千日ビルの各階床部分を区分し、店舗用として小売業者に賃貸していること、原告らは被告から別紙目録(三)記載のとおり、千日ビルの店舗用床部分を賃借し、什器備品を配置して同日録記載の営業を営んでいた商人であること、昭和四七年五月一三日午後一〇時二七分頃千日ビルの三、四階にある訴外株式会社ニチイ賃借部分の店舗改装工事に伴う電気配線増設工事に従事中の工事関係者のタバコの火の不始末が原因で、同ビル三階布団売場付近から出火した火災によつて、同ビルは二、三、四階内部が焼損し、柱、天井、梁、床なども脆弱になり、その修復は経済的に全く採算が合わないまでに損壊し、同ビルはデパート用賃貸建物としての効用を全く失つたこと及び当事者番号1、2、4ないし21、23、25ないし27、29ないし31、33の各原告が昭和三三年一〇月頃、同番号24、32の各原告が昭和四二年四月頃、同番号22、28の各原告が同年一〇月頃、同番号3の原告が昭和四七年四月頃、被告との間でそれぞれ千日ビルの店舗用床部分につき賃貸借契約を締結したことは被告と各原告間において争いがない。
二(被告と原告ら間の契約関係及び被告の債務不履行)
本件において原告らが被告とそれぞれ右賃貸借契約を結んだ頃、それと同時に、これに附随する契約として、被告は各原告との間で原告ら主張のような保安管理契約を結んだこと、被告は原告らに対し、右保安管理契約に基づき、前記電気配線増設工事に保安員を常駐立会させ、保安上工事関係者を監督すべき債務を負担しているのに、その履行を怠り、右工事に保安員を立会させず、その立会監督をしなかつたため、出火の原因たる工事関係者の不始末を防止することができず、また被告は原告らに対し、右保安管理契約に基づき、千日デパートの閉店時には防火区画シャッターを閉鎖しておくか又は必要とあれば直ちに閉鎖しうる状態において、火災及び延焼を防止すべき債務を負担しているのに、その履行を怠り、千日ビル三階西南寄りの右工事現場と同東寄りの出火地点との間の防火区画シャッターを閉鎖せず、工事関係者が右現場以外の右出火地点にまで必要もなく立入ることを許して、その不始末を防止することができず、更に同ビル一階から三階までの防火区画シャッターを閉鎖しておかなかつたため、火災による延焼を阻止することができなかつたことが認められ、結局原告らの本訴請求は本件火災による損害賠償責任原因が被告の保安管理契約上の債務不履行にあることにおいて理由があること、既に中間判決判示のとおりである。
三(原告らの損害)
そこで、原告らが本件火災により被つたと主張する損害について検討する。
1 物損
請求の原因5の(一)の(1)の事実、同5の(一)の(2)の(イ)及び(ハ)の各事実、同5の(一)の(2)の(ロ)のうち当事者番号4の原告株式会社千鹿堂、同6の原告有限会社池田屋、同8の原告田島治、同11の原告岡田修、同12の原告合資会社加賀屋、同23の原告由本寿及び同26の原告株式会社河野商店が本件火災後に別紙各原告別物損一覧表「商品」の項目記載の各商品を他に売却したが、本件火災により商品価値が低下していたため、火災直前の時価(仕入価格)より安くしか売却できず、その差額金相当の各損害を被り、その額が別紙目録(一)の商品欄各記載のとおりであること、その余の原告らのうち当事者番号17の原告株式会社小林佳商店を除く各原告が本件火災により、別紙各原告別物損一覧表「商品」の項目記載の各商品を喪失し、火災直前における各商品の時価(仕入価格)相当、即ち別紙目録(一)の商品欄各記載の損害を被つたこと並びに同5の(二)の(3)の事実(火災保険金受領)は当事者間に争いがない。
原告株式会社小林佳商店(当事者番号17)の代表者小林秀三の尋問の結果により真正に成立したと認められる<証拠>によると、同原告は本件火災後同原告にかかる別紙原告別物損一覧表「商品」の項目記載の各商品(本件火災直前の時価は同表記載のとおり)を代金合計金二万円で他に売却していることが認められるので、同原告が本件火災によりその所有商品に被害を受け、被つた損害額は火災直前の右合計時価金七九四万四三三一円から火災後の右売却代金二万円を差引いた額、金七九二万四三三一円相当であると認めるのが相当であり、これに反する証拠はない。
前示認定のとおり、原告らのうちには本件火災により被つた物損について、別紙目録(一)「保険金」欄各記載のとおりの火災保険金の支払を受けているので、これらの原告については、物損の各損害額から右保険金を控除した金額をもつて、その被つた損害と認めなければならない。
2 原告らは、被告の保安管理契約上の債務不履行による本件火災のため、千日ビル店舗用床部分につきそれぞれ有していた賃借権を失い、(一)同賃借権の取引価格相当額の損害及び(二)火災後二年間にわたる営業による得べかりし利益の喪失による損害(休業損)を被つたとして、被告に対し、その賠償を求めているが、結局本件において、被告らが求めているのは、本件賃貸借契約の附随契約たる保安管理契約の債務不履行により、主契約たる本件賃貸借契約の目的物たる千日ビルを滅失し、同契約上の賃貸人としての債務が履行不能になつたので、それによつて被つた損害として、各原告の賃借権価格相当額及び二年間の休業損の賠償を求めるというに外ならないと解されるところ、冒頭認定の事実によれば、本件火災により千日ビルはデパート用賃貸建物としての効用を完全に失い、昭和四七年五月一三日をもつて全部的に滅失したと認めるを相当とするので、原告らと被告間の同ビル店舗用床部分の賃貸借契約に基づく被告の原告らに対する債務は目的物の滅失により履行不能となり、同契約関係は終了したと解することができる。被告は、右履行不能はその責に帰すべからざる事由によるものである旨抗争するけれども、被告に本件賃貸借契約の附随契約たる本件保安管理契約上の債務につき、前示認定のような不履行があつたということは、右履行不能が賃貸人たる被告の責に帰すべき事由によるものと認められるから、被告の右抗弁は理由がなく、原告らは被告に対し、右履行不能により被つた損害の賠償(填補賠償)を求め得るものといわなければならない。
ところで、営業用建物・店舗の滅失による同建物・店舗賃貸借契約上の賃貸人の債務の履行不能と相当因果関係にある賃借人の損害としては、失つた賃借権価格相当額(同等程度の営業用建物・店舗の賃借権を他から買い取る代金額に等しい)の損害及び他に代替店舗を取得して営業を再開し、従前程度の営業成績をあげ得るに至るまでに通常要するであろう期間の得べかりし営業利益の逸失による損害が考えられるので、以下本件につき右各損害について検討してみる。
(一) 賃借権価格相当額の損害
借家権価格即ち賃借家屋の使用収益権そのものの客観的価値に対する評価の方法としては一般に当該家屋の評価額とその敷地の建付地評価額の合算額に借地権割合を乗じて、割合的に算出する。しかしながら営業用建物・店舗の賃借権については屡々それ自体が売買その他取引の対象とされていることのあるのは当裁判所に顕著な事実であり、右賃借権の客観的価値は斯る現実の類似した賃借権の取引事例による取引価格を把握することによつても、より現実的で、十分適正な評価がなされ得るものと考えられる。そして営業用建物・店舗特にデパート用建物の床部分の賃借権の取引価格は、建物の所在する地域的条件及び建物内部の位置的売場条件の良否が主たる要因となつて決定づけられるものであろうから、この場合の賃借権の客観的価値はこれを利用されるべき場所的な利益そのものに対する取引(交換)価格として評価しているものと解して何らの支障もない。
ところで、<証拠>によれば、千日ビルにおける店舗用床部分の賃借権は従前から譲渡がなされ、被告も例外なく譲渡を承諾して来たこと、また千日ビル近隣の店舗の賃借権も売買されている事例があることが認められる。そして原告らが被告から各賃借していた店舗用床部分の坪数が別紙目録(三)「賃借坪数」欄記載のとおりであつたこと、いずれも前示千日ビルにおける賃借権の従前の取引及び近隣における賃借権の取引事例に基づき算定された場所的利益そのもの(営業権、保証金の残高などを含まない)に対する取引価格としての賃借権価格が、千日ビルの賃借人らの場合、原告ら主張の売場条件の優劣に応じABCDのランクづけで区別できること、各ランクの賃借権価格が原告ら主張のとおり各評価できること、及び原告らの各賃借部分の売場条件のランクが別紙目録(四)のとおりであつたことは各当事者間に争いがないところである。したがつて当事者番号24の原告小堀博、同32の原告細江三郎及び同27の原告足立茂樹を除くその余の各原告の被つた賃借権喪失による損害は、別紙目録(一)「賃借権価額」欄(別紙認容額目録「賃借権価額」欄と同じ)記載のとおりであると認められる。売場条件がいずれもBランクに属する当事者番号24の原告小堀博、及び同32の原告細江三郎の場合、同原告らはその一坪当りの賃借権価格をBランクの最高額の一二〇万円として評価算定しているが、証人伊藤隆之の証言、成立に争いのない乙第四一号証や、Aランクの部分を賃借している原告らの場合その一坪当りの賃借権価格を最低額の一二〇万円として評価算定していることなど弁論の全趣旨に照らし、原告小堀らについても、Bランクの最低額の一一〇万円をもつて一坪当りの確実な賃借権価格と認めるのが相当であるので、これに前示賃借坪数を乗じ、原告小堀については六六〇万円、同細江については八二六万一〇〇〇円を各種借権価格と認定し、また、売場条件がCランクに属する当事者番号27の原告足立茂樹の場合、同原告はその一坪当りの賃借権価格を同ランクの最高額を超えた一二〇万円として評価算定しているが、原告小堀、同細江についてと同様の理由で、原告足立についても、Cランクの最低額である一〇〇万円を一坪当りの賃借権価格と認めるのが相当であるので、これに前示賃借坪数を乗じ、九〇〇万円を賃借権価格と認める。したがつて、原告小堀博の賃借権喪失による損害額は金六六〇万円、原告細江三郎の賃借権喪失による損害額は金八二六万一〇〇〇円、原告足立茂樹の賃借権喪失による損害額は金九〇〇万円であると認められる。(認容額目録「賃借権価額」欄記載のとおり)
(二) 得べかりし営業利益の逸失による損害
本件火災により千日ビルが滅失したため、原告らが同ビルの各賃借部分における店舗での営業が不可能となり、以来現在まで同ビルでの営業は休業していること、及び本件火災当時、原告らが千日ビルの各賃借部分において別紙目録(三)記載のような各営業をなし、一カ月当り別紙目録(一)「営業利益(一カ月平均)」欄記載のとおりの営業利益(純利益(1))をあげていたことは当事者間に争いがない。
ところで、<証拠>及び弁論の全趣旨から窺知される原告らの代替店舗の取得の困難さ(地域的場所的利益の面からみた困難さは賃借権価格に組み込まれているであろうから、その他の面、例えば賃借権取得資金の調達などの面からみた困難さをいう)の度合及び原告らの千日デパートにおける営業状態特に従前の営業期間の長さ、暖簾、顧客の定着度などに徴すると、原告らが代替店舗を取得し、同店舗で従前と同程度の営業上の収益(純利益)をあげ得るに至るまでには、当事者番号3の原告北田照子を除くその余の原告らについては通常、代替店舗を取得して開店するまでに一〇カ月、その後一年二カ月、以上通じて二年を要するであろうこと、及び原告北田照子については通常、代替店舗を取得して開店するまでに一〇カ月、その後一カ月半(同原告は千日ビルの店舗床部分を賃借したのは本件火災の約一カ月半前の昭和四七年四月一日)、以上通じて一一カ月半を要するであろうことが推認される。
そして、右認定を覆すに足る証拠はない。もつとも、<証拠>によると、原告株式会社フミヤ(当事者番号2)、原告明地美恵子(同番号9)、原告北山貞治(同番号16)及び分離前の相原告豊崎忠道は本件火災後の昭和四七年六月に、原告足立茂樹(同番号27)は同年七月に、原告上田勝重(同番号33)は同年九月に、原告由本寿(同番号23)は同年九、一〇月頃それぞれ代替店舗を設けており、右のように本件火災後間もなく代替店舗を確保し営業を開始した者もいることが窺知されるのであるが、他方右各証拠によると、同原告らの場合も結局は千日ビルの各賃借部分よりも坪数及び場所的利益において劣る代替店舗しか確保できておらず、同原告らにおいて本件火災当時と同程度の営業利益をあげるためには、同ビルにおけると同程度の代替店舗を確保した場合と比較して更に期間を必要とするものと認められるので、結局、右のように一部の原告らにおいて本件火災後間もなく代替店舗を設けることができたということをもつて、前示認定を覆し得るものではない。
しかしながら、前示認定の各期間内において、原告らが代替店舗で開店した以後の期間は、通常開店直後に見込まれる赤字経営(開店のための投資即ち什器備品、商品等の購入仕入れなどの費用は物損に対する賠償をもつて大部分が補填される)の時期を経た後は、従前の収益には及ばないものの、収益が皆無というわけはないから、全く休業したと同様に扱うわけにはいかない。即ち代替店舗での開店後従前の営業利益があがるに至るまでの期間における原告らの得べかりし営業利益の逸失による損害額は同期間を通じての減収分(従前の割合による同期間内収益と開店後同期間内収益との差額)に相当するところ、<証拠>から認められる商店経営の実態などに照らし、当裁判所は、各原告の被つたであろう右減収による損害は全く休業した場合の損害の半額をもつて相当と認める。
そうすると、当事者番号3の原告北田照子を除くその余の各原告の得べかりし営業利益の逸失による損害(d)は、別紙認容額目録「逸失利益」欄各記載のとおりとなること算数()上明らかであり、また原告北田照子の同損害額は同目録同欄中同原告に関する部分の記載のとおりなることも算数()上明白である。
3 慰藉料
原告らは、本件火災により千日デパートにおける従来築きあげて来た営業を奪われ、その結果各店舗の暖簾を失い、火災後の事後処理費用、代替店舗取得費用、新規開店準備費用、移転費用などの支出をさせられ、損害を被つたとして、各原告とも一律金三〇〇万円の慰藉料の請求をしている。そして、これは本来的な意味における原告らの精神上の苦痛(法人である原告については自然人たる代表者のその資格における苦痛)に対する慰藉料を求めているだけではなく、右暖簾の喪失、諸費用の支出などによる各別の立証困難な損害につき、変則的に、すべて慰藉料という概念ないし手段をかりることによつて一括定形的に賠償を求めているもの、或は原告ら(法人の原告らを含めて)の右各損害を無形の損害そのものなりとして合わせて一律に金三〇〇万円と金銭評価し、その賠償を求めているものであると解される。
しかしながら、本件において変則的慰藉料請求として、原告らの右主張する暖簾の喪失等による損害につき一括定形的に賠償を求めることは、その内容自体からして個々的に金銭評価や立証が困難であるとはいえないので許さるべきものではないし、またこれら損害を非財産的無形の損害であると即断することもできない。それのみならず、原告らの暖簾を失つたことによる損害といつても、それは原告らが代替店舗において従前の千日ビルの店舗における営業利益と同程度の利益をあげ得るに至るときは従前の暖簾は格別問題とするに足りないであろうから、それに至るまでの営業上の逸失利益が填補されることにより十分填補されると思料される。即ち前叙「営業上の得べかりし利益の逸失による損害」に包含された損害であり、原告らは慰藉料名義とはいえ、これと別個に二重の賠償を求め得べき理由はない。また代替店舗取得費用の支出による損害は前叙賃借権価格相当額の損害に殆ど全部含まれるから、それを填補することにより十分満足されるし、新規開店準備費用の支出による損害は前叙什器、備品及び商品等の物損並びに得べかりし営業利益の逸失による損害の填補によつてすべて補填されるし、移転費用引越費用の支出による損害は、移転さすべき什器備品及び商品等の大部分が滅失して存在しないこと弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、右移転費用の支出による損害があると認めることはできない。また火災後の事後処理費用の支出による損害については全くその立証がない。以上いずれにしても原告らの右変則的慰藉料請求は失当といわなければならない。
次に原告らの本来的な意味の慰藉料請求についてみるに、被告と原告らとの関係は、千日ビルの営業用店舗床部分の賃貸借とその保安管理をめぐる経済人と経済人との間の財産上の関係であるから、本件火災により原告らが被つた精神的苦痛といつても、それは主として財産的損失に根ざすものと認められるところ、前叙のとおり原告らの財産的損害の大部分は填補されることになるので、原告らの精神的苦痛は右財産的損害の賠償をもつて十分に慰藉されるものと認めるのが相当であり、原告らの右慰藉料請求は理由がない。
4 弁護士費用
弁論の全趣旨によると、原告らは本訴を提起するに当りいずれも弁護士である原告ら訴訟代理人らに訴訟を委任し、報酬(認容額の八パーセント)を支払う旨約し、以来同訴訟代理人らによつて本訴を遂行してきたことが明らかであるところ、本件事案の性質、本訴審理の経過、訴訟遂行の難易度及び請求認容額その他諸般の事情に鑑みると、原告らが弁護士に訴訟委任しなければならなかつたことは至極当然のことであり、そのため支出しなければならない弁護士費用(報酬)は被告の本件債務不履行により通常被るべき損害であり、原告らの訴訟代理人に支払わなければならない前記報酬のうち被告の本件債務不履行と相当因果関係にある損害として、被告に賠償を命ずべき額は別紙認容額目録「弁護士費用」欄記載の金額をもつて相当と認める。
四(結論)<省略>
(三井喜彦 古川博 平井慶一)
別表<省略>